月と鏡と太陽と

騎士道ってあるよね。ここでわたしが書いていく「騎士道」って、ヨーロッパの方の絵画で、”王妃(王女)様が剣を持って立ち、ひざまづいた騎士の肩に剣をおく”という構図に込められた想い、これが騎士道。王妃様の力(想い)を胸に、国・民衆を守り抜く覚悟ってところかなあ。

日本にも神話であるよね、倭姫命が草薙の剣をヤマトタケル=大和武尊に渡し、東方遠征に向かう伝説。ここで言いたいのは、草薙の剣の形や切れ味とかの品質の面ではなくて、その剣に倭姫命が乗せた「想い」の方ね。これをどうやら「妹の力」というらしいのだけど。ヤマトタケルはこの剣と共に戦い、剣をなくすと死ぬ。すごいパワーよね。

騎士道と妹の力ってのは、結局同じことを表しているというか、一心同体なんだよね。どっちかだけだと成り立たないし、さらに両方”いい感じで”揃って、たくさんのものや人を守るパワーになる。

想い(妹の力)が歪んでいれば、力がおかしな方向、例えば、殺戮みたいな感じに、騎士道は動くだろうってこと。想いの部分を純粋にまっすぐにすることって難しいよね。

月ってあるじゃない?太陽で光っているのよね。とても美しく。夜を明るく照らすお月様。真っ暗い夜も月明かりがあれば安心。種から芽がでる時に必要なのは日光ではなく月光なんだそうなんだけど、月っていうのはそういう役割があるよね。

星読みで月は母親や子供を表すんだけど、まあ、女性性(母性)だよね。これがね、まさに妹の力なのよ。太陽は騎士道で、パワーよ。力の源。男性性(父性)を反射させて、弱いものを守るの。小さいものの発芽(若者の最初の一歩)を手助けするのよ。強すぎるパワーを和らげて、その人その人に合わせた出力にしてくれるのね。

だから、月はね「鏡」でもあると思ってるの。鏡=太陽を反射する媒体。自分の中にある男性性(父性)を映し出す鏡=月。鏡だから、反射してる。母性性は男性性の反射。

月には、新月ー上弦ー満月ー下弦ー新月っていうサイクルがある。太陽はいつも丸くて、だから男性性の出力は一定。でも、女性性は満ち欠けがある。鏡の向きは一定でなくていいのよ。揺れてるのね。だから、世界はいつでも揺れている。でも、大本は揺れていないで一定なのね。まるで、安心なゆりかごね。

騎士道とか東方遠征とか、でかいこと書いたけど、もちろんそれだってこの力だけど、もっともっと身近なものなんだよね。この、月は鏡で太陽を反射するパワーっていうのは。

そうだね、家族だね。おかあさんは揺れていていいんだよ。毎日、気分が違っていいんだよ。満月の日もあれば新月の日もあるの。それで世界(おとうさん)は安定しているのよ。で、いいタイミングで芽(子供とかね)がでるの。

海王星は夢

海王星は「夢」を担当している。魚サインの支配星(ルーラー)でもある。「夢」というものは、現実・リアルではないもの、である。手が届かないもの。夢が叶うということは、現実になったということ。そうなるとそれは海王星の持ち物ではなくなる。

わたしの海王星の解釈は少し変かもしれない。

海王星を使って夢を叶えようとする時、まず、その夢を諦める必要がある。海王星は夢であり、空想の世界。実在していない現実。それが海王星の持ち物なのだ。だから、現実に出現させたければ、海王星の持ち物でなくなる必要があるのだ。手っ取り早いのは、諦めること。夢を叶えることを諦めるのだ。

そうすると、もはや夢は夢でなくて、海王星の持ち物ではなくなる。

夢を諦めると、そこには現実しか残らない。それを淡々とこなすのだ。すると不思議なことに、夢だと思っていたことが突然にちゃんと現実に現れるのだ。

おかあさんって2つあるよね

おかあさんって、わたしの中でふたつあって、

自分を産んでくれた「おかあさん」と

子どもを産んで「おかあさんになった自分」ってのが。

ただね、重要なのは、個人的になんだけど、「おかあさんになった自分」ではなくて、自分を産んでくれた「おかあさん」の方なのね。

なんでかって言ったらさ、星読みで月は、アビリティ、おかあさんの生き方を勝手にラーニングする感受点なのですよ。おかあさんになった自分は、ともすると、まんま自分を産んでくれたおかあさんのまんまだったりするのね。

”アビリティ” ”勝手にラーニング” ってね、つまり無意識なの。勝手にそうなっちゃうの。ちょっと違うけど、おかあさんのクローンを作り続けている感じなのよ。だから、気づかなければ、一生クローンのまま。それで幸せなのであればいいのよ。それに気づく必要はない。

でも、大抵の人はあるでしょ?反抗期。生きにくさと言ってもいいね。これは、おかあさんと自分との差異に無意識ながら気づいて、離れようとするサイン=自立よ。

わたしもね、おかあさんになった今でもね、”生きにくさ”で満載なのよ(笑)。ほんと、いやんなっちゃうね。生きにくい、と思ったらさ、それを突き詰めていくと、おかあさんに気を遣っていてそうなってるのよ。

わたしの場合の生きにくさは、おかあさんがわたしに「精神的に依存」していること。もちろん、人間だから、完全に依存しないで生きることは不可能だわ。でもね、わたしのとこの場合は、その精神依存で母子が子供の時から反転していること。

わたしのおかあさんは、女の子の気持ちを全くと言っていいほど、理解できない人。簡単に書けば、娘がいじめられていることに全く気がつけない。あらゆるところにその形跡はあるのに、それを見落とすのね。

・・・見落としているのではないのよね。故意に見落としているの。おかあさん自身もそのまたお母さんに、自分の気持ちを理解してもらえなかったんだってわかったから。

おかあさんも気持ちに気づいてもらえなかった。でも、おかあさんは忙しそうでいえなかった。そうしたら、その気持ちは「ない」ことにした方が、生きていきやすいよね。気が付かないようにしていた方が、生きていやすいよね。

でも、その気持ちはあるんだよ。そして、そのまま、子供を産んでおかあさんになったんだよね。だから、無意識に、子供に「おかあさんの役」を求めるの。気がついてないけどね。

わたしは、いやだよ。おかあさんのおかあさんの役をするのは。重たいもの。変わってほしい。

言ったことがあるの。わたしに依存しないでっていうことを。でもね、気が付かない。自分でもあまりに奥にしまったからだと思う。本質まで辿りつかない。

それに気づいて、もう諦めたんだ。おかあさんに自分の気持ちを理解してもらうこと。そして、おかあさんが変わること。まだ、どこかで希望を持っているとは思うけど、基本は諦めて、戸籍上だけの関係ということにした。

心の交流は諦めたよ。つまり、気を遣うことをやめたってわけだね。自分の心を大事にして、ちゃんと「嫌い」って、思うようにした。依存しまくる人を好きになれるか?「否」だよ。

その方が、わたしが重くない。わたしのやりたいことが落ち着いてできるんだ。

・・・でさ、おかあさんと一緒で、わたしも分かってほしい「心」があるんだよ。実際のおかあさんには拾ってもらえないけど。

それを拾ってくれる、別のおかあさんって必要なのよね。わたしはね、「おかあさん本舗」に拾ってもらったの。救われたんだ。どうもありがとう。

おかあさん本舗 新潟支部

12人の子どもを産んだお母さん、麗子さんは、マリア様だった、、、らしい。聖母マリア様にはあったことがないから、本当にそうなのかはわからない。だいたい、自分自身だって何者なのかよくわからないのに、人のことなんてもっとわからないんだけど。

じゃあ、どうして?と言われれば、チャネラーの友人が、”麗子さんはマリア様そものものだ”っていうのだから、そうなのかもしれない!と思って、そう思うことにしたからなのだ。

麗子さんのことは、何度も星読みをさせていただいている。星読みは色々な角度から自分を理解できるツールなので、無限と言って過言でないくらい何度だって読み解ける。で、麗子さん特異なところの一つに、社会天体(木星・土星・天王星・海王星・冥王星)がほぼ逆行している、というものがある。

麗子さんとのやり取りは、衝撃ばかりだった。おおよそ自分が生きてきた道のりと逆だ。逆なのにも関わらず、結論が同じだった。麗子さんと出会った当時、わたしはいわゆるバリキャリで、地方都市の会社員生活の濁流にもまれ、その中から結論を導き出して生きてきたのだが、生きてきたそのさきに、12人の子育てに追われながら生きてきた麗子さんにたどり着いた。会社で働く・家の中で子育てをする、、、どっちの道を通っても、結局同じところにだどりつくのかもしれない、と今では思っている。

おそらくわたしの通ってきた道は、そこそこ当たり前の道だと思う。世間とは逆行していない。統計を見ても普通の部類に入る。例えば、わたしの住んでいる都市のデータで、30代 前半女性の結婚の有無を数値で見ると、半数以上が未婚という結果になっているが、わたしもそうだった。

一方、麗子さんは12人のお子さんを産んでいらっしゃる。この時代に。まず、同じ道のりを歩いている人はいない。と思う。初産も早いが、最後の妊娠も遅い。また、子沢山と言っても、12人、、、。いない。いない(笑)。

わたしと逆だ、と思ったことの一つに、”友人とお金”の考え方がある。

ジュエリーデザイナー件職人をしている友人がいるのだが、わたしは、その友人からジュエリーを買うときは、たとえ友人であってもしっかりお金を払うし、また、友人にもデザインの提案や納期などをしっかりしてもらうように心がけている。友人だからと言って、おまけして、とは言わない。友人だからこそ、しっかりした仕事をして欲しいし、またちゃんと対価を払いたいのだ。

一方の麗子さんは逆だ。友人だから、お金は貰わないし、わたしも払わない。のだそうだ。衝撃である。友人のカメラマンに撮影をしてもらったそうなのだが、お金のやり取りは、なしなんだそうだ。

これは、プロとおかあさんの違いかもしれない。わたしはプロとして仕事をしてきた。そして、その技量で対価(お金)をいただく。一方、おかあさんの仕事は対価は発生しない。

でも、結論は同じだ。友人は大切だから。なのだ。友人のやっていることの価値をちゃんと理解したい、そして友人とずっと付き合っていきたい、だけなのだ。そこはおんなじなのだ。

また、「夢」について、みんなはどうだろう。わたしは夢は諦めないで叶えていくものだと思っていた。麗子さんは違った。「そもそも、『何を諦めるのか?』からでしょう。」と、さも当然に言われた時は、ひっくり返った。漫画スラムダンクのセリフではないけれど、わたしは「諦めたらそこで試合終了です」を信じて生きてきた人間だったので、12人ものお子さんを産むという圧倒的な成果を残した麗子さんの根本にあるものが、”諦めること”であったことに衝撃を受けた。「諦めてからが本当の試合です」ってことかな。

なんでなんだろう?といえば、麗子さんは社会天体が逆行しているから、行動が世間一般のそれとは逆行する。話していると面白い。なんで?と思うことばかりだ。その麗子さんは「おかあさん本舗」を運営している。運営していると言ってもどう考えても一人で楽しそうに名乗っている。って感じだ。プロおかあさんなんだって。

ああ、そうだよね。わたしもね、おかあさんなんだよ。でも、おかあさんになったからには、こっから逃げられないのよ。逆戻りできねえし。そしたらさ、仕事と一緒。プロです!っていうしかねえのよ。

会社で仕事をしているとき、わかったの。お客様から見たら、新人もベテランもおんなじ土俵なのよ。新人だから、、、が通用するほど甘い世界じゃなかったわけ。その仕事をしている以上、どーにかして、お客様に納得してもらえるように、自分で学んだり、ベテランさんに頼んだり、自分でのできることでやってかなきゃなんねーのよ。おかあさんも一緒ね。

そして、麗子さんのおかあさんのやり方、ほんと、やべえのよ。おおよそ世間のおかあさんとはズレてると申し上げていいと思う。

わたしね、お歳暮に5種類の卵を、たっぷりと、麗子さんへ送ったのね。お子さんも喜ぶだろうと。もちろんありがとう!ってお礼がきたわ。で、一緒に送られてきた写真は、ズラーっと並んだ、5種類のTKG。味の違いは?だったけど、みんな美味しかった!って。(多分、全部麗子さんが召し上がったのよ!)

わたしはこのズレに救われたのよ。みんなマリア様って完璧って思っていないかな。マリア様だったら、子供達が食べている様子を送るんじゃないかなって、わたしだったらそういうマリア様を想像するのね。

わたしの完璧って完璧じゃなかったのよ。単に、人から見たら美しいおかあさんをやっていただけ。5個も一気にTKGを食べられないけど、だからこそ、それがわたしへの最大のありがとう!なんだよね。

それで、わたし安心したの。ああ、わたしが完璧と思っていた領域に行けなくても、おかあさんをやっていていいんだなって思えたの。

というわけでね、なんも決まってないけど、麗子さんが好きだからって理由だけで、名乗ることにしたの。

おかあさん本舗 新潟支部

言ってるだけ。星読みしてるけど、星読みだけの記事はやめて、好きなこと書くようにしようと。それだけ決まった。