お母さん

星読みにおいてお母さんは「月」で表される。

月だけでなく、感受点の土星や、乙女サインなんかも”お母さん”的な要素を含んでいるけれども、強いのは「月」だと思う。

さて、私は自分の母との折り合いが悪かった。自分に降りかかるこの世の不幸はみんな「母のせい」くらいの勢いで考えていた。その捉え方も間違いではないし、そこを通らないといけないんだとは思う。

不幸の部分は満ち欠けする月の見えない部分。光の当たらない新月から全てに光が当たる満月、そしてまた新月へと向かう永遠の満ち欠け。月の光と影の部分の「影」の部分が不幸だったんだと思う。

この不幸の部分、影の部分をそのまま手に入れなくてもいいし、手に入れてもいいのだ。と、ようやくわかって、私は手にすることにした。これで私の「月」は満ち欠けしないことになった。

さて、月にはもう一つ顔がある。先ほど話していた月の満ち欠けは、地球から見た「月」の話。月は、地球からは見えない部分もあるけれども、そこは永遠に地球からは見えない。ちょうど、身体の内臓が見えないとの同じように。

ただ、月は全て見えるようになるのだ。ヘリオセントリックの領域までいくと。月が満ち欠けするのは、地球から見た配置を読むジオセントリックの時。太陽から見た配置を読むヘリオセントリックだと月は常に地球と一緒にいて満ち欠けすることはない。

地球=自分に寄り添う「月」=母親。ここでは母親というより”母体”と表現した方がいいのかもしれない。私たち人間はからなず母体を通って生まれる。身体の内側、見えない部分である月の裏側を通って生まれてくるのだ。

生まれた時の星の配置、ネイタルチャートのヘリオセントリックはまさに今お腹から生まれましたーっていう瞬間をよくよく表していると思う。そしてジオセントリックはお母さんと切り離された瞬間の自分。

色々書いたけど、月は興味深いってこと。

感情(水)を出すことと受け止める(土)こと

水は下にしかいかない。なので、水で表される感情は、水単体では下降しかできない。気分は「落ちる」しかないのだ。

気分が上がるという表現があるが、それは火が温めてくれるから上昇するという仕組みになる。星読みにおいて火は、意志や意図となる。火と水が合わされば、高品位では純粋なやる気、低品位では欲望・野望みたいな感じになる。

さて、最近、水が下降しまくっていた私。私は風と火が結構強く出ると、過緊張の状態になってしまって、その結果、水が置いてけぼりになって、沈む。気分が落ち込む、安心ができなくて、眠れなくなる。

沈む時は、土で受け止めてあげる必要があるんだけど、私の土は、風に削られ、火で灰にされ、ボロボロになっていて、支えることができなかった。。。

そんな時は水は流れるままに流しておいたほうがいい。

どんなにドス黒い思いでも、変な感情でも、流しっぱなし。するとスッキリはする。

そのやばい水を自分ではない誰かに支えてもらえたらより良いんだなと、ようやくわかった。そして、そのやばい感情を人に出してもいいんだとようやく思えた。

私は、こういった感情を子供の時にほぼ受け止めてもらえなかったから、、、。随分、成長したな、と思ったよ。

簡単に言えば、我慢しないってことだな。

冥王星は極端なので

冥王星は極端すぎて私には使えないな、とようやくわかった。

遠くにあるし、動きもゆっくりだし、意識しようとしまいと、似た感じの影響は生まれてから死ぬまで必ず受けている。それを治そうとしても無駄な話だし、常にあるものとして「無視」を決め込んだ方が生きやすいんだな。

私は、火星と冥王星が合しているから、「行動」の面が極端というか、行動量が多くなりがちというか、そんな感じなんだけど、それはそういうものとして捉えて、受け入れてしまうと楽。私の場合、病気になるまで行動し続ける、という極端さがあるのよね、、、。

で、そこまでやるのは私らしいのよね。しょうがないのよね。

ただ、大難にせず、小難で済ませたいから、これからは「大きいこと」を動かそうとするのをやめようと思う。それと、もっと自分のことを大切にしようと。大きいことをしようとするのは、自分のことが見えていなくて、何をやったらいいのかわからなくて、とりあえず大きいもので色々な欲求をカバーしようとしてしまうからなんだよなあ。自分を大切にすることで、自分のことが見えて、小さいことで満足ができるようになると、行動の極端さも「病気になるまで」というものから、「今日のマックスまで」みたいな領域に変わると思う。

それができたら(できるんだけど)、冥王星は極端だから無視しようって思わなくても良くなるかもしれないな。

お盆期間のつらさ

今年のライオンズゲートとお盆の期間は個人的に身体がものすごくしんどかった。それが、昨日(16日)の夕方に突然、身体が楽になった。

今年のお盆は何か特別だったのか?などと考えてみたけれど、よくわからず。自分のホロスコープチャートと睨めっこすると、ジオセントリックでは、ACにT太陽がちょうど乗ったくらいのタイミングだったので、”生まれた”タイミングだったのかもしれない。身体がキツかったのはこれかなと。

今は獅子サインの季節だけど、前々日は新月と皆既日食(獅子サイン)が重なっていたりなど今年は獅子の季節に天体ショーが目白押しなので、獅子サインに感受点やらなんやらがたくさんある私にはかなりの辛い期間だったのかもな。

あと、T金星がアウトオブバンズしている上、東方最離角になっているからか、その位置にあると、ヘリオのN水星に引っかかるようで、アシュタール?という単語が頭に入ってくるし。ネットで調べると宇宙人らしいけど、宇宙人はよくわからないのでスルーする。

星の配置がきつかったので、今年は、なおさらなんだろうけど、そもそも個人的にはお盆期間は毎年あまり楽しくない。普段の方がいい。今も必要なのかなあ?お盆の儀式。

デジタルデトックス=SNSデトックスの難しさ

「SNSを見ない」っていうことに、ものすごく難しさを感じて書いています。ちょっと暇になるとスマホを開いちゃう。で、それがマイナスにならなければいいんだけど、今の私にはマイナスにしかならない使い方しかできていない。

自ら何かを獲得する目的で使えているならいいんだけど、受け身で使っている場合は本当に危険なの。

それは、SNS、インスタとかエックスとかスレッズって、まともな投稿ってほぼ皆無なのです。ここでいう「まとも」っていうのは、意図が純粋な投稿ってこと。

書いている内容が公にするのはどうかな?っていう内容の愚痴のオンパレードだし、ストレートな愚痴ならまだまともで、醜い仮面に美しい仮面を被せたような投稿もあったりするしで、書いている意図があまりよろしくはないものが多い。公で解決しようとするんじゃなくて、公にする前にもっと小さい範囲で解決する必要があるでしょう、と言いたくなるものが多い。

だから、能動的に使えている時は、有益(必要)な情報に辿り着けるんだけど、そうでない時は、、、。

子供の夏休みに入って、またお盆期間に入って、自分の時間が本当に取れなくなったのね。それに暑くて、身体の調子もイマイチで。そうすると束の間の休憩時間に息抜きしようってなったとき、一番手軽なスマホを開いちゃうことになっていたのですよ、、、。

絵を描いたり、手芸をしたり、本を読んだりっていう、ちょっと手間のかかる息抜きをめんどくさがってやらなかったのね。

そいういう自分自身がマイナスに傾いているときに見るSNSって最悪なのよね。まともじゃない投稿に流されるっていうか引っ張られるっていうか。

そのまともじゃない投稿の主を助けてあげられるはずもないのに、むしろ自分が助けて欲しいくらいの状況なのに、そっちを向いちゃうから。

ただスマホでSNSってすっごく簡単に新しいコンテンツを見まくれるツールになっていて、たまにはいっかで見ちゃってた。でも、結果として、さらに疲れた自分がいる(笑)。

というわけで、SNSを全部アンインストールしました。

これで、SNSデトックスできるといいんだけど。そして、自分のやりたいことを能動的にやるようになるといいんだけど。

昨日の星読みの続き

昨日読んだ星読みは、ちょうど火星が牡牛サインから双子サインへ移行したときだったの。ものすごく納得。双子サインって「気軽」がキーワードになるくらい後先考えず行動をさっと起こせるサイン。牡牛サインも言語を操るけど、双子サインも言葉を操る。ただ「言語」の目的が異なる。牡牛は言語が才能になるけど、なんというかお金を産むイメージなんだけど、双子サインは言葉は行動を起こすためのツールみたいなもので、そこに深い意味はない。ただ流されていくような感じ。だから、私も久しぶりに投稿ができたってことなんだと思う。

私のみている星の配置は、ジオセントリックでなくてヘリオセントリック。一般的な星読みだと、火星は蟹サインにいる。ヘリオとジオを合わせて火星を読み解くと、仲間にしか通じないようなコミュニケーションをとることで自分の行動範囲を狭めているようで、広げていくという試みをしているときだね。関係性は狭いのに、行動範囲だけは広くなる。

興味深いのは、水サインに感受点がないこと。水に関する被害が出ているのに、空の上では水がない。ここは今の私だと理解が追いつかないので保留だな。何か閃くといいんだけど。

ちょうど、火星と天王星が合するタイミングだから、旅になんか出たり、家の近くでも普段行かないようなとこにふらっといくといいかもしれないな。

ジオセントリックって「結果」で動かせないのよ。でもヘリオセントリックは「意図」だから、ここを変えれば、結果が動かせるようになるかもしれないのよね。。。

ちょっと実験してみようかな。

2026.8.14 の星読み

2026年8月14日の星読です。ヘリオセントリックを読み解いていきます。しばらくはこの星読の内容が続く世界だと思います。

キーワードは「こども」。大人な考え方をしない。ただ純粋に好きなことを楽しむことで、日常が彩られていく。普通の出来事もアートになるという感じ。ご飯を食べることもアートの一つ。凝ったことをしなくてもいいので、お皿の並べ方を全部まっすぐにしてみるとか、お皿の端っこだけに乗せてみるとか、大人はしないけど、子供は遊びでやりそうなことを楽しむタイミング。

少しやばいのが、その非日常が場合によっては桁外れになること。大人な対応は忘れて、常に日常のルーチンワークを子供のように遊び心を加えて楽しめていれば、桁外れにはならない。が、新しさを持ち込めていないと、災害級の出来事が外から持ち込まれて、否が応でも非日常に突入する。

仮に桁外れになったとしても大丈夫。それは、いい加減新しいステップに進みなさいよーっていう後押し。これまで持っていた「痛み」を全部ぶっ飛ばして次に進むの。

これが最短ルートだって、知ってるのね。なんかすっごい危険なカケみたいな感じがするんだけど、こんなやばい状況を気軽にやって、新しい自分へのきっかけにしちゃうのよ。

「勇気」もキーワードで、自分の夢・やりたいなーってことに、ちゃんと向き合って、具体的な行動が少しでも取れていればいいの。それは大袈裟なことじゃないよ。小さな勇気。遠くの誰かに何かを届けるよりも、自分の身近な空間や自身の身体を快適にするためのアクションを起こし続けよう。できない理由を探すんじゃんくて、何も考えずにとにかく行動をしてみること。今、できないっていう感情は必要ない。