月と手を組む冥王星

星読みで使う感受点は主に10種。太陽・月・水星・金星・火星・木星・土星・天王星・海王星・冥王星という、太陽系の惑星・準惑星・衛星だ。わたしはそこにカイロンとドラゴンヘッドを入れて12種を使う。人によってはもっとたくさんの感受点を使う方もいる。

それぞれの感受点には発達域と言うものがあって、生まれてからすぐ、幼少期の0から7歳頃に発達するのは「月」である。一方、最晩年に発達するのは、太陽系で一番遠くにある冥王星で、”死ぬ時に理解する”と言われている。わたしは「神」の領域に近い、と教えてもらった。映画「千と千尋の神隠し」に出てくる「カオナシ」に近いエネルギーらしい。底なしの闇、みたいな感じ。

冥王星は前世の死ぬ時に理解した(発達した事柄)を持っていて、それを次の世の月に繋ぐとわたしは考えている。だから、赤ちゃんなのに、なんでも知ってそう!みたいな子がいてもなんら不思議はないと思っている。

わたしの冥王星は天秤サイン。冥王星は動きの遅い天体なので、わたしと同じ冥王星天秤サインの世代の方はたくさんいらっしゃると思う。わたしは幼少期、「結婚」できるのかどうかがとてもとても怖かった。天秤サインはバランス・対等を表すサインで、結婚(制度)も含まれる。いつの間にか、その怖いは消えてなくなったけれど、これは天秤冥王星の「怖さ」だったように思う。

冥王星が天秤サインにいたのは

1971年10月05日15時10分から1972年04月17日16時58分まで

1972年07月30日20時33分から1983年11月06日06時14分まで

1984年05月18日23時23分から1984年08月28日13時50分まで

この期間で、この間に誕生日がある方は冥王星が天秤サインとなる。

今、婚活というかそういった市場ができていることを考えると、この冥王星が効いている気がするのですよ。これより前の世代は結婚を家同士の結びつきと捉えているパターンが多いと思うけど、この世代は結婚を個人の結びつきと捉える傾向が強いと思う。

わたしが幼少期(小学生くらいかなあ)に感じた結婚に対する怖さっていうのは、「わたしのことを好きになってくれる人なんているんだろうか?」という内容だった。これが月(月は勝手に発動する生き方)と手を組んで、無意識に脳に広がっちゃっていたのかもしれないな、と今は思う。

だって、結婚した今を持ってしても、「相手と対等とは何か」みたいな気持ちというか課題というかそう言ったものは持ってる。どこまでやったら相手とバランスが取れているの?みたいなね。今は、どこまでわたしは稼いだらいいんでしょう?家事はどのくらいの割合なんでしょう?みたいな気持ちは持っちゃってるのねえ。

ここは、冥王星だから、もう死ぬまで?なんだろうけどね。

月・天王星 合

わたしは自分を快適な環境に置くことをずっと躊躇ってきたなあ、と思います。

これは子供の時の出来事です。

わたしは小児ぜんそくを患っていました。家を改築して、自分の部屋を持てるようになりました。子供の部屋は二つ。北側の部屋と南側の部屋。喘息だったわたしは、病院の先生の助言もあって、南の温かい部屋に入ることになっていました。

しかし、その部屋には入れませんでした。寒い北側の部屋がわたしの部屋になりました。それは妹がどうしてもそっちがいい、と言ったからです。部屋の角に設置された出窓がなんだか新しい都会的な雰囲気でかつ開放感があり、細長いこれまでの日本家屋的な北側の部屋に比べるとおしゃれにカッコよく過ごせそうに見えました。

わたしはどちらでも良かったのです。それに、喧嘩になるよりは、自分が北側でいい、と言ってそっちにして、みんなが気持ちよく新しい改築した家に住める方が重要でした。

ただ、わたしには不満がありました。部屋が北側になったということよりも、母親の対応でした。

わたしには、「喘息だから、あたたかい南の部屋があなたの部屋よ」と母はわたしに言ったのにもかかわらず、「妹が絶対こっちがいい」と主張した時、何も妹に言わなかったからです。

後から、わたしは、母に「あっちの部屋がわたしの部屋だったでしょ」と訴えました。母は謝るどころか「北側の部屋の方が、家具が焼けなくていいのよ、収納もいっぱいあるでしょ」と。

わたしは憤りを感じましたが、何も言いませんでした。その時のわたしにはそうするしかすべがなかったからです。

今なら、わかります。わたしは北側の子供部屋になったことよりも、母がわたしに約束したことをすっ飛ばして、自分を正当化していること、また、この行動は子供の病気をよくする気がないことを意味していて、さっさとそんな人からは離れた方が賢明であろうと言えます。

また、もっと妹に反発を自分がすれば良かったじゃないか、自己主張すれば良かったじゃないか、とも思えます。ですが、しませんでした。それも今ならわかるんです。

真っ暗な押し入れに閉じ込められたり、夜、あたたかい寝室からわたしだけ寒い廊下へ追い出され、母が戸を押さえつけ開けられないようにされたことが、小さい時に複数回ありました。母の言うことを聞けなかった時です。「嫌だー」と叫んでも、「ごめんなさい」と謝っても、もちろん理由なんて言ったところでどうにもならくて、一定時間が経たないと絶対に許してもらえませんでした。わたしはこれがものすごく怖くて、大嫌いでした。

これが嫌で、わたしは母に文句を言うことを極端に怖がったと思います。自分に正当な理由があっても聞いてもらえないし、体格差で子供はまず大人に敵いませんから、その状況になることをとにかく避けるしか方法がないのです。妹との喧嘩は無意味、自己主張すれば怖いことが待っている。わたしが幼少期(月の期間)に無意識にラーニングしたことです。

こんな感じで、わたしは大人になり、子育てに突入しました。このこと、子育てをするまですっかり忘れていました。でも子育てをしていると気がついてきます。

特に今日は、月と天王星が合しています。幼少期に抱えた感情に何にかしらの「アクシデント」、無意識が顕在化する出来事が発生してもおかしくありません。

天王星のアクシデントはそれ単体で見たら、「避けたいような嫌なこと」かもしれませんが、自分次第で、自分が生きやすくなるための「きっかけ」に昇華できます。

だから、わたしも今日は、感情に波風的なアクシデントがあっても、よくなるきっかけと思ってスルーするのではなく、前向き行動して生きやすくしていこうと思います。

特に、自分の身体が快適に過ごすことへの前向きな投資(行動)ね。

心を整える

わたしは天使が大好きです。姿は見たことないし、声も聞こえないけど、それでも天使が大好きです。もっと大きく広く書けば、シンプルにスピリチュアルなことが好きなんだと思います。

子供時代を完璧に過ごして大人になった人っていないと思います。なんの淀みもない両親から生まれ、何の問題も抱えない家族で、学校生活も順風満帆。魂を削るようなことは何もなく、一点の曇りもなく大人になりましたー、なんて人。

もちろんわたしも完璧とは言い難い幼少期・少年期を経て青年期になり、成人したわけですが、、、。

過去、働いて数年経った頃でしょうか。加藤諦三先生の著作をたくさん読んだ時期がありました。わたしの完璧とは言い難い子供時代をとても癒してくれたので、たくさん読んだのですが、その中で、ずっと?マークだった見解があります。それは(わたしの解釈になりますが)、「日本にもキリスト教が浸透すると良い」というような意見でした。

わたしはイエス様が大好きだったのですが、かといってキリスト教徒なわけでもなく。家も普通の家庭で、特段どこかの宗派に傾倒するでもなく、正月は神社に初詣に行くよ、死んだらお墓だよ、くらいで、宗教(スピリチュアル)に関してはかなり軽い感覚の家で育ち、好き以上に何かするわけではありませんでした。

こんなふうに育ったわたしは、大人になってからのこういったスピリチュアルに関しての価値観が、日本の八百万の神様という概念いいよね、至る所に神様いらっしゃって、安心よね。という感覚を採用していて、イエス様は大好きでも、キリスト教の一神教、絶対神のあり方には正直それほど魅力を感じていませんでした。

八百万の神様で大満足だったわけです。

だから、先に紹介した加藤先生の意見には「?」が点灯して生きていました。

それで良かったはずなんです。なんとか生きていけてた。でもダメになったんです。それが子育てをしてからだったんです。

子育て前のわたしの価値観は、幼少期から過ごした家庭で育まれた価値観です。それはわたしの意見というよりは、「母や父の意見を踏襲したもの」でした。これは星読みを深めていく上で理解したことでもあります。

その価値観のもと、子育てを進めるのですが、どうしても解決できない問題が出てきました。それが、子供の病気(アトピー)との向き合い方でした。

どの親もそうだと思うのですが、子供が病気で苦しんでいたら助けたい、と思いますよね。助けようと色々勉強をすると、おそらく多くの人が「病気の元はお母さんです」というフレーズに出くわすと思います。

病気を治すために生活習慣(食事や睡眠・運動などの生活の質)を改善し、病気の根本からなおそうとしますが、それだけではダメで、心=精神も治さないと完治はしない、と書かれています。そして、心はお母さんから来ていますよ。お母さんの心の問題をお子さんへ持ち込んではいけませんよ。という、「子の病気は親から」という解釈が、一人ではなく、複数の方が様々な本で紹介しています。

こうなると、わたしはもうお手上げで。

なぜなら、わたしも子供の時、喘息・アトピー持ちで、高校生の時に完治しますが、それに苦しんだ経験があるからです。それだけでなく、大人になってからも、そこそこ厄介な病気にわたしは見舞われています。

つまり、病気になる「種」をわたしは母(家族)の生き方から、すでにもらっているんです。

わたしはこの種をこれ以上子供に渡したくないんです。でもどうやったら渡さなくて済むのかわからない。心=精神の整え方がわからないんです。

母(家族)の教え、つまりこれまでの経験では、その答えを出せません。

ぶっちゃけ、物理的な面は非常にわかりやすいのです。ちゃんとした食事をとること、運動すること、ちゃんと寝ること。これは比較的わかりやすい。体質によって差はあると思うけど、それでも正解が見える。

でも、精神を整えるって?どうしたらいいの?何を治したらいいの?って。瞑想?内省?でも正解が何なのかわからない。見えない。

そうすると、見えている正解までも、うまくまわらなくなる。心がぐちゃぐちゃで、食事や運動などの生活習慣に、正解を持ち込めなくなる、夜もよく眠れない、、、。

それでようやく気がついたのが、これ、

「薬で抑えても意味がないよ、根本を治さないとね」

わたしの場合のアトピー(病気)の「種」はこの考え方(言葉)だったの。

薬はだめ、副作用もあるし。根本を治さないと。わたしは幼少期、喘息のために薬をいっぱい飲んでいたの。毎晩2種類。発作が起きるとそこにプラス4種。もう薬は飲みたくないの。子供にも飲ませたくない。本当は。

でもね、子供がアトピーで痒くて身体を掻いているのを見るのが辛いのね。薬なしで治せるのだとも思う。そして、そうすることで子供も子供の身体も健やかになるんだと思う。

でもね、わたしが救われなかったの。薬で生きながらえたわたしを否定しているってことだったの。ごめんね。薬とわたし。つまり、わたしの身体ね。ごめんね。

さらに、

「ああ、わたしの薬への頑ななまでの否定で、子供をここまで辛い目(痒くてよく眠れない)に合わせたんだな、わたしのダメなところだったんだな」ってわかった。

もちろん、薬を飲み続けていいわけではないと思ってる。ちゃんと根本を治さないとね。ただ、心を整えて完治させるにあたり、自分の頑なさ・意固地さみたいなものは、余計現状を拗らせるだけなんだと思った。

薬を否定しなくてもいいよって。薬という選択肢を消す必要はないよって。わたしの場合、薬を否定すると、自分の身体を否定することになる。そして、それを飲ませた母や幼少期の家庭環境を否定すること、その時に培った八百万の神たちへの安心感までも否定することになっていたのね。だから、とても辛かったのね。

子供にアトピーの塗り薬と飲み薬を使ったよ。みるみる良くなってびっくりした。夜も寝入る前に痒そうにしていたのがピタッと止まった。薬の効果はすごいね。わたしが「安心」して子供の横で眠ることができた。

これに気づけたのが、天使のおかげだったの。自分の不甲斐なさが、本当に苦しくて、子供が痒がっているのに、自分の精神を整えることがぜーんぜんできなくて、、、天使に心を整えてくれるよう、助けをお願いすることにした。

天使にお願いしようと思った時、頭をよぎった。

失恋して、苦しすぎて、自己啓発・スピリチュアル系等の本を読んで心を癒していた時、母にその本を捨てられたことを。それは、わたしが心の拠り所にしていた天使の本だった。

わたしは「母」を捨てた。家族も捨てた。わたしはわたしの「好き」を信じた。だって、もう限界だったから。

これまでの価値観じゃ、わたしの心を保てなかった。

「捨てた」よりも「超えた」の方が表現としては正しいかもしれない。

ここで、加藤先生のいう「絶対神」の存在が浮き彫りになった。先に進めなくなった(家族を信じられなくなった)時、それ以上の存在を拠り所にする必要があるんだと。

わたしは天使を通じて、絶対神にお願いをしたんだと思ってる。

2月20日。

海王星・土星が牡羊で合。そして、太陽が水瓶から魚サインへ入った。

新しい価値観の世界線に入った。

新しい価値観を持ち込む勇気を。見えない世界へ敬意を。

太陽の出力を調整する月

外に出ているとき、私たちは主に太陽星座を使っている。家に帰ると、その太陽の出力を月を反射させて使っている。

これは、月が夜に一番よく見えるから。多くの人は太陽が出ている昼に外で働き、月の出る夜に家に帰るから、このように解釈している。

月というのは満ち欠けする。新月から上弦、満月、そして下弦になり、また新月へ戻る。この満ち欠けの形が出力の状態に影響する。

満月はまんまるで明るい。完全無欠でまるで太陽。いつもキラキラ輝いている。永遠の繁栄を約束できる家が創られる。

新月はうっすらと影を感じる。静かで優しく出しゃばらない。しっかり休息を促すことができ、今日あった嫌なこともいいことも全てを飲み込み、全く新しい明日へ続く希望を渡してくれる。

満月へ向かう途中の上弦の月は、「満ちる」に向けてパワーを充電できる。今日がどんな一日でも、明日の希望を見出すことができる場を生み出すことが得意。明るく飛び出すようなパワーを与えられる。

新月へ向かう下弦の月。これまでの成果を糧に新しい世界を創造する力を持つ。一日で学んだことをしっかりと受け止め、明日へ繋ぐ道に落とし込める優秀なスキルを持っている。落ち着いた安心感のあるパワー。

こんなふうに自分の生まれた時の月の形は、家での自分の光の作り出し方に影響をする。

わたしは太陽が獅子で月は山羊、月の形は「上弦」。だから、獅子サインの自立のパワーを山羊サインの種の力に変換して、明日への希望に繋げることができる。

もう少しわかりやすく書くと、今日できたことを認めて、明日の小さな一歩を見出すことが、家でできる。ということ。これは自分にもそうだし、パートナーや子供にもそれを渡すことができる。

わたしは月が、5ハウスという喜びを表す領域にあるので、小さな一歩は「喜び」に向かうためのものでもある。

この文章を読んでくださった方へ。わたしは、自立に向けた喜びの種を渡せる人。きっと、小さい一歩だけど、素敵な未来への一歩が見出せるはずです。

月と鏡と太陽と

騎士道ってあるよね。ここでわたしが書いていく「騎士道」って、ヨーロッパの方の絵画で、”王妃(王女)様が剣を持って立ち、ひざまづいた騎士の肩に剣をおく”という構図に込められた想い、これが騎士道。王妃様の力(想い)を胸に、国・民衆を守り抜く覚悟ってところかなあ。

日本にも神話であるよね、倭姫命が草薙の剣をヤマトタケル=大和武尊に渡し、東方遠征に向かう伝説。ここで言いたいのは、草薙の剣の形や切れ味とかの品質の面ではなくて、その剣に倭姫命が乗せた「想い」の方ね。これをどうやら「妹の力」というらしいのだけど。ヤマトタケルはこの剣と共に戦い、剣をなくすと死ぬ。すごいパワーよね。

騎士道と妹の力ってのは、結局同じことを表しているというか、一心同体なんだよね。どっちかだけだと成り立たないし、さらに両方”いい感じで”揃って、たくさんのものや人を守るパワーになる。

想い(妹の力)が歪んでいれば、力がおかしな方向、例えば、殺戮みたいな感じに、騎士道は動くだろうってこと。想いの部分を純粋にまっすぐにすることって難しいよね。

月ってあるじゃない?太陽で光っているのよね。とても美しく。夜を明るく照らすお月様。真っ暗い夜も月明かりがあれば安心。種から芽がでる時に必要なのは日光ではなく月光なんだそうなんだけど、月っていうのはそういう役割があるよね。

星読みで月は母親や子供を表すんだけど、まあ、女性性(母性)だよね。これがね、まさに妹の力なのよ。太陽は騎士道で、パワーよ。力の源。男性性(父性)を反射させて、弱いものを守るの。小さいものの発芽(若者の最初の一歩)を手助けするのよ。強すぎるパワーを和らげて、その人その人に合わせた出力にしてくれるのね。

だから、月はね「鏡」でもあると思ってるの。鏡=太陽を反射する媒体。自分の中にある男性性(父性)を映し出す鏡=月。鏡だから、反射してる。母性性は男性性の反射。

月には、新月ー上弦ー満月ー下弦ー新月っていうサイクルがある。太陽はいつも丸くて、だから男性性の出力は一定。でも、女性性は満ち欠けがある。鏡の向きは一定でなくていいのよ。揺れてるのね。だから、世界はいつでも揺れている。でも、大本は揺れていないで一定なのね。まるで、安心なゆりかごね。

騎士道とか東方遠征とか、でかいこと書いたけど、もちろんそれだってこの力だけど、もっともっと身近なものなんだよね。この、月は鏡で太陽を反射するパワーっていうのは。

そうだね、家族だね。おかあさんは揺れていていいんだよ。毎日、気分が違っていいんだよ。満月の日もあれば新月の日もあるの。それで世界(おとうさん)は安定しているのよ。で、いいタイミングで芽(子供とかね)がでるの。

海王星は夢

海王星は「夢」を担当している。魚サインの支配星(ルーラー)でもある。「夢」というものは、現実・リアルではないもの、である。手が届かないもの。夢が叶うということは、現実になったということ。そうなるとそれは海王星の持ち物ではなくなる。

わたしの海王星の解釈は少し変かもしれない。

海王星を使って夢を叶えようとする時、まず、その夢を諦める必要がある。海王星は夢であり、空想の世界。実在していない現実。それが海王星の持ち物なのだ。だから、現実に出現させたければ、海王星の持ち物でなくなる必要があるのだ。手っ取り早いのは、諦めること。夢を叶えることを諦めるのだ。

そうすると、もはや夢は夢でなくて、海王星の持ち物ではなくなる。

夢を諦めると、そこには現実しか残らない。それを淡々とこなすのだ。すると不思議なことに、夢だと思っていたことが突然にちゃんと現実に現れるのだ。

海王星 牡羊サインへ

さっきネイタルとトランジットを重ねると、強いアスペクトがあることに気づいた。わたしはそもそも人生ハードモードが基本になっているのでそれほど感じてなかったんだけど、きつい配置だった。

トランジットの土星と海王星がネイタルの土星と180度になりながら過ぎ去っていっていたんだ。ここ数ヶ月かけてね。現在わたしのネイタル土星に対し、オポジションで、海王星は2度、土星は1度、先に進んだ。それでようやくこれに気がついたってわけだ。渦中の時はそれで一杯一杯だったんだな。

土星は課題を表す、ハードモードな印象が強いけど、個人的にはしっかり道を示してくれて助かる存在に感じている。一方、海王星は夢を表していて、個人的な解釈では、諦めると夢が叶うと読んでいる。

ネイタル土星のサインは乙女、トランジットの方は魚サイン。たくさんある夢の中からどれを諦めるのか絞り込んで、絶対的に必要な一手を導き出す訓練をさせられていたわけだね。自分の太陽の目的、つまりわたしがわたしのやりたい表現ができるようにサポートするためにね。

すごく、納得。

初めてスレッズでバスったの。昔の料理本を探している方がいて、その料理本がたまたま家にあったの。それで、表紙と該当ページ4ページ分をアップしたの。それがバズった。

で、それに気づいたのは夜中だったんだけど、著作権は知ってるのー?っていう意地悪な投稿が数件入っていてね。ネット検索したのかな、AI解説のスクショも丁寧に掲載してくださっていて。でね、考えたわよ。わたしは本当はどうしたかったのか。

わたしね、そもそも本を探している方にあげたかったのよ。でもね、SNS上でしょ?突然さ、いらないから本を送るよ!住所教えてって言ったらねえ。やばいし。それに、本当にその方が必要としている本なのか確証はないから、とりあえず返信したものだったのね。

あ、ちなみに、著作権には引っかからないと思うな。本のごく一部で全体じゃないし、写真の著作権しても、本のページの写真だとわかるトリミングにしている&解像度も低いしね(つまり転用はできない)。また、ごくごく稀にお皿などスタイリング小物に著作がある場合があるけど、写真に注意書きもないからクリアしてると思う(昔の本は今より著作しっかりしている印象。お皿などが作品で著作がある場合は、写真の脇にクレジットがある)。目的も書いたように、確認の意図が強く、もうけ目的でも誹謗中傷にも当たらない。個人の利用の範囲におさまると思う。

あとは、レシピだけど、、、正直、これが一番わたしの中でネックだったの。でも、調べたら、著作権はないのね。。。レシピの著作については無知でしたわ。でも、個人的にレシピに著作権をつけられるようになったらいいなあーって思った。この本を探している方もそうだけど、欲しかったのは本そのものよりも、「レシピ」でしょ。思い出のレシピでかつ今まで出会ったレシピの中で抜群においしかったって。ここでの価値は確実にレシピにあるのよ。著作が認められるとしたら、わたしの中ではレシピだけなんだよなあ。

というわけで、レシピの作者に敬意を評したかった、ということと、わたしはそもそも本をあげたったということがわかって、その投稿は削除して、直接メッセージを送ることにしたの。

これで、わたしのしたかったことの一つ目はクリアよ。本をあげたかったってこと。でも、もう一つあってね、著作権の件、ちょっとむかっときたのね。書き方に悪意があったの。知っていますけど、とは思ったけど、SNSの特性を考えるとね、、、そこに反論を書くのは、嫌だったのね、でもね、シャクだったのね。それにね、そこに反論を書くと、意地悪した人を喜ばせるだけでしょ。だから、こうして自分のブログに書くことにしたのねえ。

わたしのスルースキルもまだまだだなあと思いつつ、自分がむかっときたことを我慢せずに反論を書けたことは進歩だと思う。ちゃんと境界線、引けてるよ、海王星&土星よ。

さてね、海王星はついに牡羊サインへ移動ですか。土星との合まであと少し。。。そして、牡羊サインの海王星ってどんなんなんだろうね?推測はできるけど、入ってみないとわかんないなあ。