月・天王星 合

わたしは自分を快適な環境に置くことをずっと躊躇ってきたなあ、と思います。

これは子供の時の出来事です。

わたしは小児ぜんそくを患っていました。家を改築して、自分の部屋を持てるようになりました。子供の部屋は二つ。北側の部屋と南側の部屋。喘息だったわたしは、病院の先生の助言もあって、南の温かい部屋に入ることになっていました。

しかし、その部屋には入れませんでした。寒い北側の部屋がわたしの部屋になりました。それは妹がどうしてもそっちがいい、と言ったからです。部屋の角に設置された出窓がなんだか新しい都会的な雰囲気でかつ開放感があり、細長いこれまでの日本家屋的な北側の部屋に比べるとおしゃれにカッコよく過ごせそうに見えました。

わたしはどちらでも良かったのです。それに、喧嘩になるよりは、自分が北側でいい、と言ってそっちにして、みんなが気持ちよく新しい改築した家に住める方が重要でした。

ただ、わたしには不満がありました。部屋が北側になったということよりも、母親の対応でした。

わたしには、「喘息だから、あたたかい南の部屋があなたの部屋よ」と母はわたしに言ったのにもかかわらず、「妹が絶対こっちがいい」と主張した時、何も妹に言わなかったからです。

後から、わたしは、母に「あっちの部屋がわたしの部屋だったでしょ」と訴えました。母は謝るどころか「北側の部屋の方が、家具が焼けなくていいのよ、収納もいっぱいあるでしょ」と。

わたしは憤りを感じましたが、何も言いませんでした。その時のわたしにはそうするしかすべがなかったからです。

今なら、わかります。わたしは北側の子供部屋になったことよりも、母がわたしに約束したことをすっ飛ばして、自分を正当化していること、また、この行動は子供の病気をよくする気がないことを意味していて、さっさとそんな人からは離れた方が賢明であろうと言えます。

また、もっと妹に反発を自分がすれば良かったじゃないか、自己主張すれば良かったじゃないか、とも思えます。ですが、しませんでした。それも今ならわかるんです。

押し入れに閉じ込められたり、夜、寝室からわたしだけ追い出されたことが小さい時に複数回ありました。母の言うことを聞けなかった時です。「嫌だー」と叫んでも、「ごめんなさい」と謝っても、一定時間立たないと絶対に出してもらえませんでした。わたしはこれがものすごく怖くて、大嫌いでした。

これが嫌で、わたしは母に文句を言うことを極端に怖がったと思います。自分に正当な理由があっても聞いてもらえないし、体格差で子供は大人に敵いませんから、その状況になることをとにかく避けるしか方法がないのです。喧嘩はさけたいこと、自己主張すれば怖いことが待っている。わたしが幼少期(月の期間)に無意識にラーニングしたことです。

こんな感じで、わたしは大人になり、子育てに突入しました。このこと、子育てをするまですっかり忘れていました。でも子育てをしていると気がついてきます。

特に今日は、月と天王星が合しています。幼少期に抱えた感情に何にかしらの「アクシデント」、無意識が顕在化する出来事が発生してもおかしくありません。

天王星のアクシデントはそれ単体で見たら、「避けたいような嫌なこと」かもしれませんが、自分次第で、自分が生きやすくなるための「きっかけ」に昇華できます。

だから、わたしも今日は、感情に波風的なアクシデントがあっても、よくなるきっかけと思ってスルーするのではなく、前向き行動して生きやすくしていこうと思います。

特に、自分の身体が快適に過ごすことへの前向きな投資(行動)ね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です