天使でも悪魔でも、どっちでもいい

私には、怖いものがあったんですよ。それは「蛇」。蛇と言っても、蛇そのものが怖いのではないんです。神社(神域)で蛇に出会ったりすると、「ああ、何かいいことありそうだな」と思うくらい、怖くなくて、むしろ良いシンボルとして捉えているくらい。

じゃあ、何が怖いのかといえば、それは「聖書」に出てくる「蛇」です。イブをそそのかした蛇。人間(アダム)が、神様(主)から楽園を追われるきっかけを作った蛇。

Aiで検索すると、、、

旧約聖書の『創世記』において、蛇はエデンの園で最初の人間であるアダムとイブ(エバ)を狡猾な言葉で惑わし、食べてはいけないとされていた「知恵の実」を食べさせた誘惑者として描かれています

私は、この蛇が怖いんです。さらにいうと、前述した通り、蛇そのものが怖いのではなく、蛇は”誘惑者=悪”だと、解釈する人たちが怖いのです。それもあって、私は「聖書」がめちゃくちゃ苦手です。

でも、気がついたんです。日本の鏡餅って、蛇がトグロを巻いている形なんですよね。日本では蛇は神聖視されていて、聖書の世界観とは真逆です。

日本語って、母音の発音なんですってね。他の国の言語は子音でできているのに。これも逆、というか違う。

他にも色々あったんですけど、聖書の世界観と日本の世界観ってあべこべが多いんです。

でも別に、どっちが「良い悪い」って話ではない。どっちもいいし、どっちもあっていい価値観なんですよね。蛇も「良いところ(神聖)」「悪いところ(悪魔)」があるってだけで。どっちもあるから蛇なんです。

そしたら、自分もどっちもあって良いんだ、良い方だけに偏らなくて良いんだとわかりました。

悪魔って天使かもしれない。だって、聖書だと蛇は悪魔だけど、日本だと蛇は神様の使い(天使)だもの。

どっちでも良いのよね。天使でも悪魔でも。両方あって「自分」なのだ。

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