二次元論を超えると

”超える”なんて書くと仰々しいけれど、物事を二次元論の”良い・悪い”で判断をしなくなると、とても生きやすくなった。できていないことがあっても、それに「悪いこと」とか「だめ」というマイナスのレッテルを貼らなくてよくなって、そうすると、「治(直)さなくてはいけない」「解決しなくてはいけない」などと自分のこれまでを否定し、改善行動が必要であるという考え方をしなくてよくなるのだ。

それを解決しないのではない。解決を「するべき論」から脱出して、気楽に新しい行動を選択できるようになって、心への負担が減り、結果として、問題もとても早く解決できるようになるのである。

疲れること、嫌なこと、苦手なことなどを伴うことを「悪」とすると、その悪を排除しようとするけど、そうではなくて、その出来事は私に何を教えてくれているか?という問いに視点を変えてみると、排除以外の選択肢がとてもたくさん現れるのである。これを、タイトルでは”超える”という表現で表した。

”超える”と、心が軽やかになる。

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