様子見

どうにもやる気が起きない時がある。私はそんな時も、なんかやらないきゃもったいない、とか、だからダメなのかなあ(何が?)、とか思うタイプで、やる気がないなら、ないんだなと思っている自分を認めることができなかった人間です。

星読みを進めて気づいたこととして、このマイナス思考は基本的に月の影響で起こるということがわかりました。

月の影響というのは、子供の頃からの”思考の癖”です。その癖は、多くは母との対人関係で形成されていきます。やる気のない状態を認められず否定するというのは、そうしないと家庭生活で母とうまくいかないことがあるから、そのように思考するようになり、それが自然になって、気が付かないまま(意識しないまま)大人になったという感じです。

子供時代を振り返ってみると、私の場合は、「やる気の起きない状態でいると母が心配する」という思考にたどり着きます。ぼーっと家にいると、「友達と遊びなさい」「外に行って遊びなさい」という母の指示がやってきます。

私の頭の中ではこう変換されていました。「家でダラダラしていると私の将来が明るくないんだな。外で遊ばないと強くなれないんだな。一人で外で遊んでもダメで友人と外で遊ぶのが一番いいんだな。」あと、「単純に家事の邪魔なんだな。」

また、母は心配性でしっかりそれが顔に出ましたから、言葉で言わなかったとしても、快く思っていないことは明白に子供の私にも伝わりました。母の機嫌がよくない家はとても居心地が悪いものです。特に、母と一緒にいる時間が長い子供にとっては苦痛でしかありません。

だから、私は母の考えるいい子になろうと生きて行ったのだと思います。そうしないと家の中が苦しくて仕方がなかったから。自分の思考に蓋をして、母の思考に合わせました。

でも、もう今は私は大人になって、自由に自分の思考を選んで良くなりました。もちろん、子供の時からそうして良かったのでしょうが、そうは思えなかったんですね。それはそれでいいでしょうよ、というよりそれが自然だろうと。

子供の時は、毎日、元気で外で友人と遊ぶことが「仕事」であったのは間違いないけど、それを必ず毎日続けなくてもいいじゃん。今は大人で、やるべきこと、家事や仕事にやる気が出ない時があってもいいじゃん。やる気ないのならないでいいじゃん。

そうすると見えるんですよね、、、あれは母自身の課題であって、私の課題でなかったんだって。

「友人と外で楽しく遊ばなきゃいけない」と思っているのは母で、それは母の課題だったんだ。もちろん、それはできた方がいいんだろうけど、それを執拗に強要される必要はない。そこまで執拗にしたのは、母自身がそれをものすごく課題に感じていたからなんだな、と。

そして、母は自分を否定して生きていたから、ああいうふうになったんだなあと。私みたいになったらいけないから、私ができなかったことを子供にはちゃんとできるようになってもらわないと。って。

そうしたら、私も思考の土台が「否定」になっちまうよねえ。

わかったら、もうドーデモヨー。

だから、今日は自分の機嫌を「様子見」です。やる気がないならないでいいじゃん。それで自分を否定する必要はない。

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