傷があったとしても

傷ができたら、できてもいい。人間である以上、完全無欠なんてあり得ない。

だからと言って、自分を始末に扱っていいわけではない。

また、わざと傷つけるつもりで扱うのも違うし

かと言いって、傷つくのを恐れすぎることも違う。

でも、その匙加減はわからない。傷つけているつもりはないけど傷ついていたり、つくはずのない傷を恐れていることもある。

月は無意識で発達する。それは、生き方をすぐそばの母親ないし、保護者から引き継がれるということ。だから、知らないうちについた傷は、代々受け継がれてきてしまった傷である可能性が高い。

そのまま傷ついていてもいい。

その傷を癒そう、と決めてもいい。

自分の無意識を探っていく強さがあるなら、傷を癒せる。

自分の月を覗くこと、そして、最終的に取り除くこと。

これができるといいと、私は思っているのだけど、月(母親)と向き合うのは非常に難しい。

自分のために、必要なものを買ってはいけない。

これは、私の中にある、無意識の傷。

私は、好きなものを買っていい。

私の母は、いつも私か妹の使ったものを使っていた。それが私に写っている。

それを母が前向きに使っていたのならいい。向き合うと、違うんだ。

単に、お金が減ってくのが怖かったんだ。貧乏は嫌だったのかな。

私も、ひもじいのは嫌だよ。きっと誰でもそうだろうけど。

私の場合、買えるのに、買わない選択をする。これがとても辛い傷になっている。

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