一つ前のブログの流れから、日本の神話からもう一つ。月詠(ツクヨミ)のお話。
月詠は隠れちゃうのよね、嫌なことがあって。(あ、もしかしたら、普通はアマテラスって認識かも。)天岩戸閉めちゃってね。篭っちゃう。そうすると、世界が真っ暗になるのね。
まるで、子供が自分の部屋に閉じこもって、誰も入ってこないでってするみたいに。
子供がそうなると、お母さんも場合によっては悲しくなっちゃう。家の中で、母性性が隠れちゃうと、じめーとして、みんな楽しくないのよね。父性性が輝いていてもそれを受け止める月(母性性)がジメジメだと反射しねえのよ。
神話では、岩戸の前で、裸踊りやらなんやらで、無理やり楽しくお祭りして、戸を無理やりぶん投げて、引っ張り出してって、、、なんとか無理やり出て来させることに成功する。
でも、個人的には、、、あまりいただけない。
戸を開けるまでは、まあゆるそう。そこから出てくるのは、月詠次第にして欲しいかな。要は、月詠の気分に合わせるっつうかさ。大体、そこまで拗れてると、最初に閉じこもった理由なんて?なのよ。そこから出てくる時には、いろいろな手があっていいのよ。
・・・まあね。その方法の一つが”無理やり”だったんだろうな。
月のパートナーって「冥王星」なのよね。星読みだと。だから、冥王星の爆発的パワーで月を優しく出てこられる案を提案できまくるのよ。冥王星ってカオナシみたいな感じで、なんでもできるの。
戸を開けっぱなしにしてほっておく/おいしいにおいを充満させお腹を空かせる/遊園地に誘う/ダメだけど、お金で釣るってのもあるか、、、
どれを月(母性性)が採用するかはわからないけど、気持ちよく母性性を発揮できる世の中になるといいよね。
月詠が嫌だったことは、好きな人にされてとても悲しかったことなんだよ。好きな人は良かれと思ってやったんだけどね、それで傷つくこともあるよね。
それが完全に癒えることはないかもしれないけど、それを認めて前に進むことはできるよ。そして、隠れながら=立ち止まりながら でもいいんだよ。

