ネイタルホロスコーパーとして(後編)

”わたしにとって上の次元とつながることの第一歩は、「計画性」を手に入れることなのだ。スケジュール管理といってもいい。”と、(前編)で書きましたが、、、記事を書いてから随分時間が空いてしまい、さて?何の話を書こうとしていたのか?と頭に?マークがついております。。。

と、書き始めると、ああ、これだったのか!と気がつきました。

「人生ロードマップ」

「女神★フェス」という、2025年11月16日に行われたマルシェイベントで、星読みサロン「カイロン」で出店した際、このロードマップを商品として販売したのでした。

これは何かというと、私が星読みで使う「主要感受点」10個には、それぞれ発達時期があります。感受点ごとのサインを発達時期に順に並べて読み解くと、”ゆりかごから墓場まで”の人生のロードマップが出来上がります。

これを作るメリットは、

・くるべき変化に備えられること。

・変化(アクシデント)が起きても慌てずに対処できること。

があげられます。

人生は平坦ではなくて、山あり谷ありです。「突然、会社が潰れちゃった!」とか。「病気を発症しました。」とか。色々な問題が出てきます。それが何となく予想できて、自分が向き合うべき課題が明確になり、先に進む道標となってくれるのです。

するとですね、、、

「今は前に出ても意味がないんだな。家で頑張ろ。」とか、「今、辛くても頑張らないとあとが地獄なんだな。」ということがわかるのです。

さて、”計画性”と書きましたが、私がここで一番言いたいことは、

歳行ってからじゃ、できねえこともあるんだぜ?ということです。”人生、新しいことを始めるのに、年齢は関係ない”とも言われますが、確実に年齢は関係してきます。

人生ロードマップを作ると、人生後半戦に行くと、同世代の人々と、同じ課題を抱えていることに気が付きます。同じ課題を抱えているのに、どうして人によって幸せ度合いや日々の満足度が異なってくるのでしょうか?それはひとえに、これまでの人生で、星たちをどれだけ発達させることができてきたのか?ということに尽きます。

だから、今を真剣に生きる補助ツールとして、「人生ロードマップ」を使うと、計画性が高まります。

ああ、何だか宣伝みたいになってしまった。まあ、ブログは宣伝の一種だよな。うん。

「人生ロードマップ」も販売することにいたしました。

ネイタルホロスコーパーとして(前編)

星読みをする理由はたくさんあると思う。わたしにとって星読みは、三次元に生きる魂が成長したい方向性を理解するフレームワークとして利用できるツールと今のところ捉えている。

次元の話を書いたので、先に次元について、わたしの理解を書いておこうと思う。

どう足掻いても、肉体を持っている間、魂は「三次元」から抜け出せないし、そして、三次元で成長する。過去にわたしは、肉体を持った状態、つまり三次元は、試練の場、学びの場であると捉えていたけど、今は違う捉え方をしている。「遊びの場」という捉え方に変化した。三次元で何をして遊ぶの?三次元からは抜け出すのではない。「つながるんだ」。物質というものを心から楽しむ(満喫)するために、三次元の地面に足に力を入れる。足が使えない人も同じ、地面に立つ部分、接点に力を入れる。その上で、それより上の次元と繋がって、三次元という場所を楽しみながら進んでいく。

三次元(肉体)の楽しみはたくさんある。美味しいものを食べること。子どもをハグすること。好きな人と手を繋ぐこと。優しい肌触りを理解すること。冷たい水の心地よさを理解すること。まだまだある。肉体を使ってしか楽しめないあれやこれやを楽しみながら生きていく。

もちろん、痛いことや悲しいこともある。それを遊びの主体に持ってくる必要はない。ここは今は、試練の場ではないから。

三次元で遊ぶにあたり、肉体は「時間」に拘束される。時間の流れには逆らえない。進むしかないのだ。その時間を有効に使うために、上の次元とつながるんだ。

一つは今ここを楽しむこと。直感を頼りに、三次元で今やることをする。もう一つは、ゴールを見据えて今何をするべきなのか理解すること。これは、星読みでいうと、前者は「月(地球)」。後者は「冥王星」となる。今を生きるのは、赤ちゃんのように、主体性を持って自分がやりたいことをする自分。ゴールを見据えるとは、死を迎えるとき🟰ゴールとして、肉体としての残りの時間を捉えること。

この二つの視点を持つと、上の次元と繋がれる。計画性を持って、三次元で遊べるようになる。わたしにとって上の次元とつながることの第一歩は、「計画性」を手に入れることなのだ。スケジュール管理といってもいい。

次元の話だけで長くなってしまった。続きはまた今度。

現実創造のスピードが速いから

意識しようがしまいが、人は引き寄せを100パーセント使っている。これまではそのスピードが緩やかだったのだが、風の時代に入ったからか、思ったことが現実になることがとても早い。というより、今のスピードが速すぎて、これまでのスピードが緩やかだったんだ、遅いんだということに気がついた。

つまり、これまで深刻に重たいこととして捉えていたことも土の時代より速く解決するし、さらには、軽く捉えることができればさらに解決は速まるということである。

昨日、子どもを病院に連れていくため電車に乗った。一駅しか乗車しないため、乗車時間はものの数分しかない。ちょうどおやつの時間に重なる時で、まだ低学年の子どもにはおやつが必要だとわたしが考えているので、電車の中でさっと食べることにした。病院の待合で食べるより、電車の中の方がいいなと思ったという理由もある。わたしも食べたかったので、猛スピードで食べることにした(笑)。

子どもには「次の駅で降りるからね」と言いながら食べていると、通路を挟んだ隣の席の男性(20代前半と見られる)から、小声で「食べ物の音がうるせーよ」と言われ、言うだけ言って去っていった。席に座った時から、その男性は、こちらをじーっと見ていたので、何かある、とは思っていた。だから言われた時も、ああ、と納得した。こちらも配慮が足りないのは確かなので、「ああ、すみません。」とだけ答えたが、何が目的だったのかよくわからなかった。

この現実はわたしが何を理解したかったから起こったんだろう?引き寄せたんだろう?それは思い当たる節があった。スレッズでとある質問に答えようとして、答えられなくてためらったことだ。その質問は、「スレッズで気持ちを吐露すると、優しい言葉をかけてくれる人もあれば、ものすごく辛辣な暴言を書く人がいる、暴言を書く人はなんで書くのだろう」という内容だった。ストレス発散?とその方は一応の答えを提示していたけれど、わたしもその方と同様、ストレス発散なのかな?どうなんだろう?と考えて意味がわからなかった。

わたしの電車の中の件もそれに近い。確かに食べ物を食べる音は、その方にはうるさかったかもしれない。でも、言われた時にはすでに食べ物は片付けていて、もう食べることはないし、そもそも注意したのなら自分が立ち去る必要はない。音がうるさいのならすでに解決している。そして、立ち去って解決することなら、普通に考えて、わざわざ他人に言ったりはしない。だから、解決をしたかったのではなく、暴言を吐きたかった、移動したかった、ということになる。

結論として出したのが「母性・女性性を欲していた」ということになった。人に優しくされたかったのだ。それが歪んだ形で出ているんだ。わたしはその男性をはじめっからなんか怪しい人だな、と思ってしまっていた。醸し出している雰囲気があまり良いものではなかったのだ。だから、わたしもなんかやだなっていう気を相手に送っていたと思う。相手は、それで移動したくなったんだと思う。多分、ものすごく人の目を気にするタイプなんだと思う。気になると言ってもいい。電車から降りる時、あの男性はどこに移動したんだろうか?とホームから電車の中を見ていた。わたしも大概やな(笑)。そうしたら、男性もこちらの視線に気づいたのだ。

わたしはその男性を好きにはなれないし、もう引き寄せたくない、と思った。でも、彼を下に見るのは違う。わたしはそこは間違っていた。下に見てごめんなさい。そして、一番はスレッズへの質問に答えようとしたことがそもそもだ。その時は、何かしなきゃいけない、と自分が焦っている時だった。風の時代はすぐに現実創造する。気軽に楽しんでいる時はいいけど、重たくなったらすぐに立ち去った方がいいんだ。なんなら彼のように(笑)。言う必要はないと思うけど。

風の時代の歩き方

土の時代から風の時代になって、こうも変わるのか、と驚いたことは、飽きた時の対処法だ。

土の時代は、飽きたとしても、必要なことをしていたのならば、その場でとどまってなんとか遂行する方が良かった。時代のサポートが土エネルギーだったので、必要なスキルを身につけるためには、腰を据えて取り組むという姿勢を土がサポートしてくれていたのだ。

一方、風の時代は飽きたら、続けることが本当に難しい。新しい、自由という風エネルギーがサポートをしてくれているので、必要なことであっても、他のことに目がいく。腰を据えてじっくり取り組む、ということができにくくなっている。

この時代の性質を活かす必要がある。必要なことというのは必ずあって、やり遂げた方が良い。でも飽きてやり遂げられない時がある。すぐ飽きるなら、必要なことを細切れでやって、最終的に繋ぎ合わせて完成させる必要がある。

映画を見ていたとして、飽きてきたら、一旦止めて他の作業をする。それからまた映画に戻る。映画は集中力が切れると物語についていけない時がある。そんな時は連続してみることを諦める。そうやって最後まで鑑賞する。

風の時代に備えて色々やってきたつもりで、それはそこそこ活かされていると自負はしているけれど。これからは心配は置いといて、楽しむことが大事だな、とも思っているので、飽きたら次の楽しみを!をモットーにしばらくやってみようかな。

履いて寝るだけの小さな整体師 あしなか

「履いて寝るだけの小さな整体師 あしなか」を作れるようになりました。わたしに作り方を教えてくれた師匠は妖精が見える方で、あしなかに妖精を宿しているそう。わたしも妖精を宿したあしなかを作れるようになりたくて、あしなかの編み方だけでなく、妖精の宿し方まで教わりました。

わたしは妖精が見えないので、師匠に宿せているかのチェックをしてもらい、無事に宿せるようになったことがわかりました。

さて、あしなかってなんでしょうね。口頭で伝わってきているもので、わたしも詳細がはっきりとわからない、というところが実際のところではあるのですが、大病をしてからわたしの身体は(当たり前ですが)元気がなかったのですが、これを履いて寝たところ、調子が上向きになったのです。あしなかはタイトルの通り、履いて寝るだけで整体師の役割を果たしてくれるものなんです。

作れるようになったとはいえ、まだまだ見た目良く作ることができず、規定に沿ったものはできるようになったんですけれども。家族や友人のお誕生日に贈り物としてコツコツ作って上手になったらいいなあ、と思っています。

相手のためを思うならどちら? 

風の時代に入って、地球の歩き方が変わりました。

これまでは相手の悲しみに共感をする必要が大いにあったのですが、風の時代はその必要がこれまでよりもなくなりました。ちょうど傷ついている人に心無い言葉を浴びせろと言っているのではないのです。一緒に悲しみを共有したい、と思ったら心を通わせる。悲しみを共有したくないと本音でそう思ったら、共感をする必要はないのです。

悲しみを抱えている人もいつかは前を向いて歩き出さなくてはいけません。残酷なようですが、前を向いて動き出すのに必要なのは「情=共感」ではなく、単なる「行動」なんです。一緒に泣くだけ泣いたら、どっか別の場所へ移動する方が、早く悲しみから抜け出せます。

よく、こうした方がいいのはわかっているけど、なかなかできないの、という方も見かけます。(まあ、わたしもあるんですけど!)

この場合、できなくて当然だし、できなくもいいんじゃない?と、その方にいうのは、風の時代、ものすごくマイナスの行為であります。一見、いい人そうな対応なんですけど、最悪の対応と言わざるを得ません。できなくて当然、という共感まではいいのですが、できなくていいんじゃない、という提案をすることがNGなんです。相手は、こうした方がいいのにできないと言っているので、本当はできるようにしてあげる声かけの方がいいのです。できないままでいいよって、実は悪魔の囁きと同じです。

一足先に 7月7日のジオセントリックを読み解く

7/7 天王星双子入り

「わたし動けたんだー!!」という感覚。

鉛のように重たかった身体が変化する。

これでよかったんだ!という感情とともに。

身体に受けていた傷が喜びに変わる時。

好みが変わるってこういうこと。

あらゆることを、柔軟に気軽に自由に発想する。

これまでになかったような仕事、働き方、生き方を選択していい。

そしてそれを行動に移せる時代が到来した。

これまでになかった職業・職種、それを選択する際に必要なのは、

それを生み出したい!!という長年の夢、

それをしてもいいと自分に許可を与える勇気、

そして、それを実行しているときに、

自分の大切な人のためって考えすぎないこと、

あくまでも「自分がそうしたいから」すること。

他人の顔色を窺って、新しいことにチャレンジしないのは間違っているターンに入りました。

他責が通用しない世界に入ったってこと。

ただ、新しいことを選んだと言っても、大切にしなくちゃいけないことって

これまでとそんなに変わらない。

きちんと挨拶することとか、ご飯をちゃんと食べることとか、おおよそ人として必要なことをしていくだけ。

これまでの枠を飛び越えていく、やる気と勇気と前に進むパワー。

それがもたらされるちょっとデンジャラスだけど力強いタイミングです。